ぼくの現実世界は、せまい。日々の大学生活やアルバイト、就職活動を消化するだけで精一杯で、見えるものも考えることもそれらを軸にした一定の範囲でしかない。一人の人間だからそれは仕方ないこと、と割り切ってしまってはいけないと思いつつも、なかなかその枠を越えることは難しい。
3.11東日本大震災が発生してからも、なにかと理由(と、ここまで書いて携帯電話の電池が切れた。この先はやまびこの中ではなく学校の図書館で書いております)を探しては東北へ向かう一歩を踏み出さないでいた。
そんな中で背中を押してくれたのは、「危機感」だった。3.11から4ヶ月が過ぎた今も、新聞やテレビで東北の現状や原発などの報道が続いている。あるとき、いつものように新聞を開き、震災関連の報道を避けて読んでいる自分に気づいた。風化とか無関心とかそういった類の理由ではない。疲れてしまっていたのだ。報道を通してでしか現地を想像できない。どんなに共感しようとしても、震災の傷の深さには追い付かない。自分の日常の中からではアプローチできない大きすぎるものから、無意識に距離を置こうとしていた。沖縄や六ヶ所村へ行ったときと同じように、実感が必要だと思った。いま、現地に立ち、現実を五感で吸収しておかなければ、災後の現実世界とぼくの生き方との間にずれが生じてしまうのではないか。このような「危機感」を覚えた。
実際に箱崎に立って、「同じ時間」が流れているんだ、というあたり前のことに気付いた。ぼくが毎日学校まで歩き、図書館で勉強し、めしを食い、走ったり、ラジオを聞いたりしているその時間に、箱崎の人は壊れた家々を眺め、住宅の掃除をし、散らかった家具を片づけ、津波警報を聞いている。流れている時間は、確実に同じなのだ。
これだけ大きな震災ですら、自分の生活外の話、遠いところの話、別の世界の話、どこかで手の届かない世界の話だと感じてしまうことがある。「風化」を進行させるのは「実感のなさ」だと思う。いま、この瞬間を、この時間を、生きていて、震災から立ち上がろうとしている人がいて、避難所で肩身の狭い生活をしている人がいて、仮設住宅で孤独を感じている人がいる、という実感がなければ忘れてしまうのも無理はない。
実際に箱崎の水路や陸前高田の高台に立って触れた、石油の混じったようなヘドロのにおいや、スコップで救った土砂の重みや、自分の生活の再建で精いっぱいのはずなのにボランティアに差し入れを持ってきてくれる現地の人の心遣いや、仮設住宅で暮らす人の疲れ切った表情や、広大な沿岸部の更地に舞う土埃の息苦しさや、筋肉痛や、取れない疲労は、少なくとも震災の傷や復興への課題を実感させてくれるものだった。
風化は、震災が投げかけた文明への問いを弱めてしまう気がする。生活のあり方、地域のあり方を見直してくれという震災が発した声を小さくしてしまう気がする。当事者でないぼくがこの「風化」に立ち向かうための武器は、「実感」しかない。この武器を拾うために、やはり現地に行く必要があったのだと思う。
遠野まごころネットでは、個人ボランティアの受け入れ態勢がしっかり整っている。泊るところもあるし、物流も十分だ。毎日シャワーや風呂にも入れるし、食料も容易に確保できる。様々な地域、国、年代の人との出会いがあり刺激にもなる。ボランティア向けの温泉ツアーやホタルツアーなども企画され(自分でなんでも企画できるし)楽しみながら地元にお金を落としていけるようになっている(寄付よりも直接的な支援になる)。チームで一緒に汗を流したからこそ、いい友達もできる。共同生活の場では、他人への思いやりや気遣いなど人として大切なことも学べる。
「ボランティア」=がれき撤去で汗を流す、ことだけではない。避難所での炊事の手伝い、仮設住宅でのコミュニティーづくり、復興の進む現場での集落インフラの復旧など、いろいろなニーズがあり、役割がある。だから、より多くの人に参加してほしい。特にこれから社会を担っていく若者は、どういう社会を創っていくのかを考え、ある程度の方向性を同世代で共有するためにも東北の現場に立ってほしい。
「情熱は伝染する」
作業終了後、毎日5時半から福祉センターの体育館で行われる全体ミーティングのしめに、ボランティアの代表がいつも言っていた。活動を通して見たもの感じたことを、日常に帰ってから多くの人に伝えてほしいと。
復興とは、未来をつくることだ。
情熱を伝染させ復興へ向けて多くの人を巻き込んでいけたらいい。
2011年3月11日以降の世界を生きるために。

1 件のコメント:
Hey daytripper,
箱崎レポートには二回目のコメントで失礼!そして、本当にお疲れ様でした!
「危機感」「情報は伝染する」という言葉はそのとおりだと思うよ。風化によって被災者たちに徒労感や絶望感が広がることだけは絶対防がなければならないから。政府がこれだけリーダシップのとれない情けなさをみせている状況ではなおさら個人が行って応援すべきだよね。「情報を伝染」させていく一方、他方では自分の職や消費生活を3.11の光に照らして根本的に考えて決定していくことも必要だとも僕は思っている。
来週、僕は再び南三陸町へ、ハリケーン・カトリーナの被災あるいは復興支援に携わった米国人を連れ立って行ってきます。もし8月末までに機会があれば、会って3.11のこと、話しましょうよ。
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