7日目
やっと、水路が通った。
朝食にもやしマイタケかにかま味噌ラーメンを食べた。持参したコッヘルにもやしとマイタケとかにかまとインスタントラーメン二袋分をいれバーナーで煮立たせ、麺がやわらかくほぐれたら完成。食べごたえ十分で胃も温まるので目覚の一杯におすすめだ。
ここ2日間ほど釜石の最高気温は36度を超えている。長そで長ズボン防塵マスクにヘルメット、時々ゴーグル着用の装いで水路の泥出し作業に励むボランティアにとっては過酷な状況だ。熱中症になった人も何人かいた。スコップ一杯の土砂はとにかく重い。その土砂をたくさん積んだ一輪車もまた重い。力を振り絞る動作が連続する作業では、体は自然と熱を持つ。本来ならその熱を冷ましながら作業を続けたいところだが、炎天下では叶わない。暑い夏の日にこたつに入ってチゲ鍋をつつくような不快さが感じられる。
だが、そんな状況には負けなかった。箱崎隊は皆よく働いた。高さ1m幅1m作業全長約150mの水路に厚さ約60cmほどで積もっていた土砂、合計約3t(目視で適当に測った)を全て取り出した。水路に濁っていない水が流れるようになった。魚もちょくちょく遊びにくる。この光景が少しでも箱崎に活力を与えてくれたら、と願わずにはいられない、そんな達成感に包まれた。
作業中、地震が発生し津波警報が鳴った。揺れは強くないが、近くにある鉄骨の骨組みだけが残った漁協の建物が、ギシギシと音を立てて揺れていた。予想された津波の高さは6cm。海と直接つながる水路に潜り込んで泥出しをしているぼくたちにとっては、少しの津波でも命に関わる。作業を中断して高台へ非難した。といっても危機感はほとんど無かった。やはり「6cm」と聞いて安心していた。ここまでは来ないだろうと、高台では思っていた。それ以上のことは想像も想定もしなかった。というよりもできなかった。6cmという情報と高台にいるという状況は、ぼくらを安心させた一方、思考を止めさせた。規模は違うにせよ、震災当日もこのようなことがあったのかもしれない。堤防があるから、前はここまで来なかったから、そんな安心感が被害の拡大に一役買っているとしたら、安心感の根拠を問い直す習慣が必要だ。
アメリカ育ちの15歳と一緒に遠野市街までサイクリングし、駅前通り沿いの食堂で夕食をとった。田舎定食1,000円。遠野のひっつみには感動した。なかのすいとんがモチモチだったから。
サイクリングの結果、遠野の中心市街地は寂れている、という事実を突き止めた。日曜日の夜7時だというのに開いている飲食店は10軒に満たなかった。ほとんどの店はシャッターを下ろしていた。豊かな自然があって、奥深い歴史や文化があって、おいしい食材が揃っていて、気持ちのよい風が吹く遠野は、どうも元気がない。あるものを生かしたまちづくりが十分でないのは明らかだった。震災の影響だけではないだろう。むしろそれを逆手にとった地域振興策を見いだしていかなければならない。
明日は作業最終日。箱崎で最後を締めくくりたいところだったが、やめておく。復興の別の面を見るために、明日は仮設住宅の住民にお茶を出してくるつもりだ。

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