2011年7月24日日曜日

ひめゆり

考え方の違いを乗り越えることはなかなか難しい。


たとえば日本には憲法九条の議論がある。護憲か改憲か。自衛隊は違憲か合憲か。その海外派遣に積極か慎重か。これらの論争はどうしても、右か左か、といようなイデオロギー含んだ対立になりやすい。


そうした方が相手を批判しやすいし自分の主張の筋も通しやすいから、多くの人がレッテルをはることに頼ってしまっている。そうしてイメージだけで議論して思考を停止させてしまう。本当に闘わなくてはならないのは考え方の違う相手ではなく、客観的に違う主張を理解しようとすることを妨げる自分自身の主観ではないだろうか。


結局は方法論違いなのだ。九条の原点は、広島の平和記念公園の石碑に記されいる通りだ。「過ちはくり返しませんから」。多く犠牲者を出し、深い傷を残した戦争を二度とくり返さない、という教訓からきている。


ここをもう一歩掘り下げる。多くの犠牲と深い傷の主体とは、もちろん人間の命と尊厳のこと。それを尊び、大切にできる平和を守るということになる。誰だって自分の生や権利や人格を侵されたくない。家族や友人や恋人と幸せに生きたい。これが歴史の過ちから得た絶対的な原則だ。


ではこれをどう実現するのか、というところで意見が分かれてくる。


ある人はそもそもの戦争の元となる武器や軍隊から距離を置くべきだと訴える。ある人は現実的にみて、最低限の自衛能力は必要だと考える。ある人を主権を守るためには相応の軍備が必要だと声を上げる。どれも「国民の利益のために」という理由だ(国民の利益=「過ちをくり返さないこと」なのか、それとも「今の国民生活を守ること」なのかで微妙な差異が生じているとも言えなくはないが)。


くり返すが、目的の達成のためにどういうアプローチをかけるべきなのか、で対立が生じているのだ。無論、正解などわからない。ただ、だからといって「それは歴史の判断に任せる」などと言ってはいられない。ベストがわからないから(無いのかもしれないけど)ベターを探す努力を続けなくてはならない。


その上で一つ大切だと思うのは、どんなに意見や考え方が異なろうと議論の土台を共有することだと思う。憲法の議論であればその土台は戦争にあたる。一人一人の当たり前の日常や、未来への希望や、大切な人が失われたあの戦争だ。痛々しすぎる個々の戦争体験を、理屈よりも感性でもって、認識する。そして、過ちをくり返さないためにどうしていくべきなのか、知恵をしぼって考えればいい。

………と、ここまで難しいことを書き連ねてきたのには一応理由がある。昨日、7年ぶりに「ひめゆりの塔」を訪れた。2泊2日の強行ショートトリップ。昨日の午前3時に那覇へ到着し、ロビーで仮眠をとろうとしたところ警備員のおじちゃんに追い出されたのでしぶしぶ外のバスロータリーのベンチで夜が明けるまでなんちゃって野宿をした。空が明るくなりセミが鳴き始めたころバスに乗って本島南部を目指した。


前回はよほど流して見ていたせいか、それとも多少は知識がついていろいろな見方ができるようになったせいか、資料館の展示内容には新しく驚かされるばかりであった。師範学校や女子高等学校で一生懸命に学ぶ16、17歳くらいの少女たちの姿、沖縄が戦場となりひめゆり学徒隊として前線に動員されていく過程、病院代わりの壕の中での負傷兵の看護や手術の様子、6月23日の解散命令以降の生きるか死ぬかの逃避行、まんべんなく説明されていた。生き残った元学徒の方から、一人称で当時の様子や心境も聞くことができた。一人の人生に焦点をあてると、より現実的なものとして理解しやすかった。

たまたま手榴弾を持ってなくて自決できなかったから、たまたま数メートル壕の入り口より中にいたから、たまたま足をけがして動けなくなったから、偶然の連続で助かって今こうして生きている、とどこか悔しそうに話していた。自分ではなくもしかしたらあの子が助かっていたかのもしれない。たまたま自分だけ生き残ってしまった。そんな思いがあるのかもしれない。


生きるか死ぬかが「運」で決まる。それだけ命が軽んじられてしまった歴史があったのだと、反省せずにはいられなかった。


ひめゆりの塔から平和の礎のある公園までの約4kmを歩くことにした。日陰の無い国道沿いを容赦ない日差しにさらされながらだらだら進む。半袖半ズボン。頭にタオルをかぶせて。右手にはなだらかなさとうきび畑の斜面、その先に青い海がある。当時は、斜面は赤く染まり、海原はグレーの軍艦で埋め尽くされていたという。いま立っている同じ場所に絶え間なく艦砲射撃が降り注ぐ様子は、想像しづらかった。


人間は忘れてしまうものだなあ、としみじみ思った。中学高校と戦争について学ぶ機会は少なくなかった。沖縄戦も広島長崎も、それらについて知るたびにいまと同じように考えたり、同じような心持ちになったりしていたはずだ。それでも、忘れてしまっていた。数年ごとでもいいから、定期的に歴史を反復勉強することが重要だと気づいた。ぼくにとってのことだけではない。すくなくとも投票権のある人はそうした方がいい。いまに積み重なってきている歴史の原点を学ぶことをやめてしまったら、いまの自分の立場や利害関係、世の中の空気に簡単に流されてしまうから。

人間にとっての本質や原点を、学びつづけたい。


ゲストハウスに戻り近くのスーパーで夕食と翌朝の朝食を買い込み(2食分でそば1kgを確保した)、そばを食い、翌日に備えて早々と寝た。


沖縄に来たのは就職の選考試験のため。この気候のなかスーツで歩くのは不快そのものだった。試験は思っていた以上にできたので幾分気分は快方に向かった。


会場から出てネットカフェで就職関連の書類を印刷し、出発の4時間前に那覇空港に着きA&Wでよく冷えたルートビアを飲みながら、エントリーシートをせかせか書いた。


時間は有限だ。遊ぶこともなくすぐに東京に戻ってきた。今度はゆっくり沖縄を楽しみたいものだ。と思いつつ世田谷の住宅街を歩いている。


家はもうすぐそこだ。

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