2010年7月13日火曜日

ねじれ





参院選。

再び国会は「ねじれ」た。

7月11日に参院選が行われ、政権・与党民主党は勝敗ラインに定めた54議席を大きく下回る44議席しか獲得できず大敗を喫した。
一方、最大野党自民党は51議席を獲得し改選第1党となった。注目を集めたのは11議席を獲得し躍進したみんなの党。
国会のキャスティングボートを握る存在となった。

参院での与党勢力は過半数を割りこみ、国会は衆院と参院で与野党勢力が逆転する「ねじれ」に。

この状態だけは避けたい。そんな思いで民主に一票を投じたものの、逆風にかき消されてしまったらしい。

昨夏の本格的な政権交代を経て民主党政権が誕生し10ヶ月。
自民の古い政治体質を壊し、新しい政治のうねりを生み出そうと意気揚々に発進した新政権への期待は大きかった。
鳩山政権は、どうも現実離れしているとしか言えないような政権公約を実行しようと躍起になり、
早急な審議や強行採決など手荒な国会運営が目立った。

菅首相に代わり急回復した支持率も、消費税論議を争点に持ち出してからというもの下がり続けてきた。
たしかに財政再建は重要だと思うが、他の問題はどこへ行ってしまったのか。普天間、無駄遣い、公務員制度改革、
「増税の前にやるべきことがある」というみんなの党の主張はまさに民意を捉えていた。

これだけ言うように、いくら民主がだらしないとしても、その尻を叩いてしばらくは働かせるべきだと思っていた。
時代にあった政治のできる政権を育てる、という見方もあっていい。「成果が見えないからすぐ変える」というのは
ほどほどにしておくべきではないか。

と、考えていたものの、蓋を開けてみればこういう見方は少数派だった。

とにかく「ねじれ」によって国会の機能が停滞するようなことはあってはならない。
ここからが大事。福田、麻生政権の二の舞になってはいけない。民主は、連立なり政策ごとの連携なりを他党に呼びかけ、
議論する国会になるよう努力してほしい。

意見の異なる者同士が議論し合い、本当に大切なことを見失うことなく、合意形成を目指す。
どこまでなら妥協できてどこからは譲れないのか、その線を死力を尽くして探りつつ意見をぶつけ合う。

頑固一徹に自分の主張を叫ぶだけではものごとは進まない。

法案査定がしっかりできるという「ねじれ」の良い面も発揮しつつ、確実な国会運営を望む。

2010年6月3日木曜日

理想




正直、辞めないでほしかった。

昨日午前、鳩山首相が退陣する意向を表明した。

革命的な政権交代からわずか8ヶ月、道半ばに終わった鳩山さん。悔やしいだろうな。

「まさかここまで民主党がだめになるとは思ってなかったよ」、「民主党、参院選どうなるんですかね」。こんな話をつい昨日の夜、
大学の先生と中華料理を食べながら話していた。鳩山さんは続投し、このまま批判を受けながらも参院選に突入するものとばかり思っていた。

普天間基地の移転をめぐる迷走や「政治とカネ」の説明不足、たしかに鳩山さんは批判されて当然といえるようなことばかりしてきた。
これらが民主党の支持率低下に影響していることも確かだろう。


だが、辞任が正しかったとは思えない。


安部、福田、麻生と過去3代の首相はそれぞれ1年足らずで政権のたらい回しをしてきた。政党の支持率が下がったから、選挙に影響するから、
責任をとるために、党首を変える。鳩山政権は自民党のそんな政治を覆すはずではなかったのか。

党首は、看板ではない。人気がなくなったからといって変えれば済むものでもない。首相1人に責任を押し付け、
自分の選挙を乗り切ろうとする参院改選組みの浅ましさにはあきれる。
鳩山さんへの批判は民主党への批判でもあることに気づいていないのだろうか。


『私はしばしば「宇宙人」と言われる』。昨朝の民主党両院議員総会でのあいさつで鳩山さんはこう言っていた。
「それは今の日本の姿でなく5年後10年後20年後の姿を申し上げているから・・・」と、
理想ばかりを語ってきた自分を皮肉りつつも弁解した。


ぼくは、鳩山さんの語る「理想」が嫌いでもなかった。


昨年10月の所信表明演説を聞いたとき、目指すものがある政治に少なからず期待し、心躍らせた。
国民一人ひとりが主役となる社会、「友愛社会」なるものを見てみようじゃないかという気持ちになっていた。
だからこそ、批判の嵐の中で歯を食いしばってでも政権を維持していってほしかった。

「理想」を描いておいて、何もせずに身を引いてしまったらそれこそ無責任だ。国民への裏切りに値する。
必死になって政権にしがみついていたほうがよっぽどかっこよかった。

周りをみれば現実を語る大人ばかりだ。それはそれでいい。ぼくらは今まさに現実を生きているのだから。
でも、何のために苦労して現実を生きているのか考えてほしい。


理想に近づくためだろ、と言いたくなる。


理想を語り、現実を直視し、一歩一歩その理想へと近づいていこうとするその姿勢が尊いのだと思う。

鳩山さんは理想は語ってくれた。が、現実を知る官僚をうまく使いこなせず、踏み出す一歩を欲張りすぎた。

一歩を踏み外し転んでしまった民主党は、起き上がれるのか。もう一度前を見据えられるのか。


迫る参院選、見守りたい。

2010年4月17日土曜日

矛盾


あえて人間を2グループに分けてみる。問題を生む側と、それを解決しようとする側。同じ人間なのに、一緒に暮らす仲なのに、効率が悪いとつくづく思う。

どこかでエネルギーを使えば、どこかでせっせと節約している。どこかで人権がおろそかにされれば、どこかで尊厳を求めて戦っている。どこかで食べ残しをすれば、どこかで飢えている。どこかで乱伐を繰り返せば、どこかでこつこつ木を植えている。どこかで誰かが一緒になれば、どこかで誰かが泣いている。


もっと知り合えないかな、お互いのこと。


代々木公園けやき広場。問題を解決しようとする側の人たちが集った、アースデイ。フェアトレード、民族問題、ダム問題、森林保全に食の安全。ぼくたちが向き合うべき問題がこんなにもたくさんあるのかと、考えただけで気疲れしてしまった。


もしかしたらさ、自分に一番身近な問題が何かってこと考えた方がいいのかもしれない。人間は矛盾だらけで生きているんだから、それを知ることからはじめるべきなのかな。問題を生む側も解決しようとする側もたぶん同一人物。

2010年4月16日金曜日

激震

 想像する。砂にまみれた肌を。身を切るような氷点下の冷気を。終わりのなさそうな空腹を。現実が覆ってしまった動揺を。瓦礫の下で救助を待つ小さな呼吸を。大切な人の命を救いたいという願いを。想像する。

 中国青海省の、標高約4000メートルの玉樹チベット族自治州玉樹県で14日、マグニチュード7・1の大地震が起きた。新華社電によると、死者は、15日午前までに617人に達した。

 ぼくが青海省で見た家々の壁はどれも、レンガを積み上げたり土で塗り固めただけの質素なつくりだった。自然の素材で作るから環境にもいいと胸を張ったガイドさんの言葉が、今では歯がゆく思い出される。いったいいくつの小さな営みが壊されたのだろう。毎朝欠かさず仏に祈りをささげ、パンを焼き、家族との団らんを楽しみ、畑で汗を流していた彼らの暮らしはいったいどうなってしまったのだろう。

 ここからでは直接肌で感じることはできない。被災者たちの痛みを。だから記者さん伝えてください。その場所から、現場の声を。それを聞きぼくたちは、想像し、共感し、なにができるか考えます。

2010年4月8日木曜日

S君

あ、先日はどうも。わざわざ遠くからご来訪いただきありがとうございました。おかげさまでずいぶんと楽しかったでございます。
S君は無事に長野へ到着しましたかな。さすがにもう着きましたね。今回君に会って、いままで以上に君という人間の奥深さを垣間見たように思います。これからもゆっくりと時間をかけて君を発掘調査していくので末長いお付き合いの程よろしくおねがいいたします。
もう学校ははじまりましたか?農大は12日から授業がはじまります。中国から帰ってきて学校がはじまるまでの、この今のブランクタイム中、ぼくはいろいろと考えております。とくに将来について考えます。新聞記者になりたいという目標があります。なぜなりたいのか、という理由と理想の生き方とをうまくリンクさせたいのです。
いまのぼくの考えでは、記者という仕事は人間と人間とをつなぐものだと思います。新聞を読むと、遠い国の戦争やクロマグロ、米軍基地、トヨタ、JAL、政府、国会スペースシャトル、あらゆる事象が切り取れます。それに少し想像力を働かせると、どんな事件や出来事にも人間の血が通っているように思えます。事実そうなのでしょう。
作家の宮部みゆきさんの「理由」という本の一節に、人は誰でも毎日忙しく自分の現実を生きている。その中で、ニュースを通して他人の現実を知る。自分のものとは違う現実を知れば、それについて考えたり、怒ったり、悲しんだり、笑いとばしたり、受け流したりできる。とにかく何かのきっかけにになる。メディアの役割はそういうものだ、と言っていました。
ぼくは最近、人間と人間との間にある壁を取り除きたいと思っています。意識的につくってしまう現実の壁です。偏見とかレッテルとか、そういう言葉に置き換えられるかもしれません。そういう壁は、相手に対する興味や関心を持つことで取り除いていけるのではと期待しています。興味や関心は、相手のことを少しだけでも知らないと生まれてくるものではないと思います。誰もが誰に対しても、国籍や人種、言葉、利害、その他色々を越えて興味や関心を持って接することのできる世界ってなかなか楽しいのではないでしょうか。
「一日一人以上の人と、その人と話したことのないところまで話す」という君の抱負がとてもいいなと思ったのは、出会いがあるからです。壁の先に出会いはあると思います。フリーハグもヒッチハイクも現実の壁を打ち破ってこそできるものだから、ぼくは君を尊敬するよ。
つまりは、誰もが持っている自分自身の現実を囲う壁を取り除くきっかけを、ぼくは他人の現実を知らせるという新聞記者の仕事でもってつくり出したいのです。
理想の生き方は、まず家族という自分と現実を共有できる大切な人と暮らすこと。そしてその家族を中心とした親せきや、友達や、地域の人とのつながりを楽しめる生活。いまはこうとしか言えません。仕事と生き方がどうリンクするかわからないけど、仕事は仕事、家庭は家庭というような割り切りはしたくないです。僕は壁のない現実を生きたいから。
君が来たとき、他方面からのぼくの友達を呼んだのも、実はそういう意図があってのことです。
と、最近はこんなことばかり考えていたわけです。一方的な主張になってしまってすまないね。新学期はどんな感じかね。さわやかな新しい年度の君の生活ぶりをリポートしてください。フレッシュフレッシュ。
なにはともあれ、また会いましょうね。楽しみにしておるよ。 では、お元気で!

2010年3月25日木曜日

中国×チベット あなたとわたし



 1949年、中国人民解放軍がチベットに侵攻して以来チベット族は弾圧を受け続けてきた。そして、ラサ蜂起、ダライラマのインドへの亡命、亡命政府の樹立、その後もデモや動乱がチベット自治区内外でたびたび起きている。チベット族の人々が昔から願い続けることは変わらない。平和と幸せだ。
 人それぞれ価値観が違うように、チベットにはチベットの、中国には中国の考え方や価値観があることを互いに理解しようと努めなければならない。チベットは中国から苦しい弾圧を受け続けながらも、中国との共存の道を探ろうと努力している。「独立」ではなく「中国主権下の高度な自治」への妥協もその表れだろう。次は、中国が歩み寄る番ではないのだろうか。互いの共存に向けて。
 ぼくから見て、村で質素に暮らすチベット族の人々も、町の路地で暇をもてあましながら麻雀やトランプをする中国人も、心にゆとりのある生活をおくっているようだった。そして幸せそうだった。それでいいのでは、と思ってしまう。たとえチベット族がチベット族らしく、自分たちのことを自分たちで決められるようになったところで、路地で麻雀をしたり、川辺でゆっくりとお茶を飲んでいる中国人の幸せが失われるわけではないのだから。庶民の生活で、人それぞれのまっとうな生き方が保障され、ある程度未来が楽しみなものであるならば、国はそれを守ればいい。暮らしの平和や民族の誇りを傷つけてまで何を求めるというのか。
 
 すべての人が共有できる普遍的な価値観は何かと問われれば、もっともそれに近いものは自由と平等だと答えるかもしれない。こういう前提があることを認めたうえで、互いの考え方や思想の違いを理解しようと努力すべきだと思う。すべての人が共有できる普遍的価値観や原則のようなものが無ければ、妥協することが難しくなるのだと思う。
 「あなたもわたしも自由に生きている。そして平等に扱われている。だから、互いの意見がぶつかりあったとしてもそれを尊重しあいましょう。そして、どうしたらあなたもわたしも幸せに生きていけるのか考えましょう」と言えたらいい。
 誰もが自由なのだから、誰もが平等なのだから、それが普遍的価値なのだから、矛盾するこの二つの価値のバランスを誰もが考えなければならない。

 中国もチベットも答えを出してほしい。そのバランスの答えを。丁寧に根気強く話し合いながら。村でも、路地でも、人々が笑って暮らせるように。

中国×チベット 小学校とアイデンティティー


 町には小学校が無い。あるチベット人が語気を強めながらこの問題を語ってくれた。チベットにあるどの町にもチベット族の小学校が無い、つくりたくても中国側から許可が下りず、つくれないのだという。
 町に小学校が無ければ、町で暮らすチベット族の子どもたちはチベット語やチベット文字を学べない。やむを得ず中国人の小学校に入り中国語を学ぶ。すると子どもたちはチベット族でありながらチベット語を話せず、中国語を使って暮らすようになる。町では中国語さえ話せれば生活できるのだ。むしろ中国語がわからなければ仕事を見つけられない。そのため、あえて子どもを中国人の小学校に入れ中国語を学ばせる親も増えているという。チベット語という民族独自の言葉が徐々に失われつつある。
 これらのことが意味するのは、チベット族としてのアイデンティティーの衰退である。言語は、民族がその民族であるということを認識できるもっとも基本的な要素だといえる。もしこれが無くなってしまったら、文化や習慣だけがなんとなく見世物のように残るだけで、民族そのものは形骸化してしまうのではないか。
 こういったことを危惧し、町で暮らすチベット族の家庭ではあえて子どもを村の親戚の家などに住まわせ、村にあるチベット族の小学校に通わせることも多いという。町には大学や師範学校などの高等教育機関が集まっている。またさまざまなビジネスも展開され、文明の発展のエネルギーが生まれる場所だ。チベット族がチベット族としてそういう場所に進出しにくいというこの状況は、中国がチベット族の発展を妨げ自国への同化を促しているように見えた。