

はじめの三日間、とにかくつらかった。
雨に打たれながら越えた箱根峠。深夜、延々と進み続けた渥美半島の丘。寒さと闇に包まれ孤独の中にいた伊賀街道。どれも泣きたくなるような体験だった。
まず箱根峠。小田原に入ったあたりから雨が強くなった。箱根湯元の通りを抜け塔ノ沢までくると坂がかなり急になった。ペダルを踏む足に力が入る。体温が一気に上がり、雨具で包まれていた体には雨なのか汗なのか区別のつかない湿気がまとわりついた。不快極まりないうえ足も腰もどんどん重くなる。そんな状態が一時間ほど続いた。
下りにさしかかる。足の力が抜け自転車のスピードも加速していく。気温は1℃、体は雨でずぶぬれ。体温がみるみる奪われていく。二重にはめた手袋も雨にぬれれば意味もなく、氷のようにつめたい。凍傷にならないよう、こぶしをにぎってはひらきを繰り返し静岡へと下っていった。
渥美半島は、太平洋を眺めながら東西に長く横たわっている。そもそもこの日は走行距離を長く設定しすぎた。前日の箱根峠に比べればなだらかな道の続く静岡をだらだらと通り抜けた。浜名湖を渡ったころにはすでに日が暮れあたりは暗くなっていた。
コンビニで買ったピーナッツチョコレートを一気食べ尽くしエネルギーを蓄えてから渥美半島に突入した。外灯の少ない二車線道路の周りにはキャベツ畑がどこまでも広がっていた。高原のように空気は澄み、見上げた空の星がきれいだった。が、眠気や疲れ、寒さとの戦いはすぐにはじまった。一日中だらだらと自転車をこぎ続けた体は一回ペダルを踏むことさえ億劫なほどに疲れきっていた。冷気はウインドブレーカーを貫通し肌を冷やした。とにかく眠れる場所を、と探し国道から外れたところにあった道の駅の駐車場に寝袋を敷き、力尽きて横になった。
伊賀街道は山道そのものだった。伊勢市内の観光に時間を割きすぎてしまったせいか、伊賀街道にのって走り出すとすぐにあたりは闇に包まれた。国道のわりに交通量は少なくギアとチェーンのかみ合う音と、風で木々が揺れる音以外に何も聞こえない。外灯もなく月明かりとライトの明かりのみがわずかな視界をつくりだす。町はおろか集落や民家すら無い。ひと気が無いとは、このことなのだろう。視覚と聴覚に反応するものが減っただけで、自分が本当にそこにいるのか、夢を見ているだけなのかわからなくなった。
坂を上がりきると長い長いトンネルがあった。歩道はとても狭く少しでもバランスを崩せば車道に落ち自動車に轢かれかねず、気の抜けない状況だった。トンネルを抜けると下り坂がずっと続いた。久しぶりに集落を目にしたとき、伊賀街道に入ってはじめて安心できた。伊賀上野の町に近づくにつれ明かりは増えていった。人間のつくりだした環境から外れてしまうとこんなにも不安になってしまうのかと、自分の人間くささを実感した。
実をいうと、こんなにも頑張らずとも日程的には少し余裕があり、1日で進む距離をもっと短くしても旅そのものに差し支えなかったのだ。もっと臨機応変に対応するべきだったと反省している。一度自分で決めたことを変えたくないという頑固な癖が出てしまったのかもしれない。なんとしても今日中にここまで、とそのことしか考えていなかった。旅そのものは自分のことだからいいものの、普段の生活の中で、人との関わりの中でこの癖に捕らわれないよう気をつけなければとつくづく思う。目的だけを見ていると自分本位になるうえ自分を客観視できなくなってしまいそうだから。
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