2010年2月26日金曜日

自転車×広島 ヒロシマ


この旅の目的地である広島。だがこの場を考えることと、旅そのものを考えることとは少し質が異なる。だからあえて両者をリンクさせず広島について書き残す。といっても、今書くのではなく、ぼくがその場に立っていたときの日記をそのまま引用することにする。


以下、2010年2月25日の日記より引用。


 空間移動がなかっただけ、今日はあっという間に過ぎていった。こんなにひとつの場所について考えた日ははじめてかもしれない。
 しっかりと七時間眠った。起き出してからすぐシャワーを浴び、さわやかな気分で朝食をづくりにとりかかった。J-Hopper's(広島のゲストハウス)は調理器具や調味料などが自由に使えるのでとても生活しやすい。タマゴ六つとチーズでオムレットをつくった。それをトーストと紅茶と一緒においしく食べた。ついでにあまったぶんでサンドウィッチもつくりお弁当にした。
 歯をみがき、荷物をまとめ、シーツを返し、チェックアウトして外へ出た。荷物はあずかってもらった。
 まずは平和記念公園のモニュメントの前で祈った。少しでも想像できるように(原爆について)決意した。その足で平和資料館へ入った。広島の成り立ちから明治大正昭和初期までの広島。原爆投下の経緯とその被害、これからのヒロシマに展示が分かれていた。ほとんどのパネルを丁寧に見ていった。説明を読んでいるとなんとなく8月6日のりんかくがつかめてきた。そして被爆者の遺留品の展示を見た。ぼくの目の前にあるくつやふくや三輪車は、65年前、たしかに血の通った人間に使われていたのだ。そのひとたちひとりひとりに感情や考えがあり、友人や家族がいて、人生があった。尊い命があったということだ。それらが一瞬で消えてしまったのだ。それも14万人近い人々が。
 原爆などの核兵器はなぜ使用すべきではないのか。その理由はやはりその威力の大きさだろう。人権侵害とか殺人とか、そういう言葉で形容できるものではない。あまりに強大すぎる。命も血のつながりも、文化も歴史も一瞬で無にしてしまうのだ。人間がつくり出したものでありながら、その存在自体が人類の敵なんだと気づかされた。被爆者の描いた絵や、体験記を見たりして少しづつ想像が及ぶようになってきた。全体的な全容まではわからないが、その断片がヒロシマの事実を少しづつぼくに教えてくれた。鳥肌がたつほどに不安や恐怖をおぼえた。
 爆心地の島病院の側で空をあおいだ。原爆ドームの絵も描いた。とにかくヒロシマを全身で感じとりたかったから。最後に、もう一度モニュメントの前で祈った。平和とは何か考えた。平和は、何かととなり合わせになっている。もしくは何かをふみ台に立っている。今日の日本の平和とはそういうものだと思った。少しでも、本当の意味での平和がおとずれるよう、ぼくも力になれたらいい。
 今日のしめくくりは、またあのお好み焼き。W(通常の倍の量)で食べた。また広島に来た時に、まだあればいいな。今、バスで東京へと向かっている。             二〇一〇年二月二十五日 木曜日

自転車×広島 前進


伊賀を出て四国の松山にくるまでの間、常に時間や距離に縛られていたように思う。


この間、天候や道の条件には恵まれたものの、疲労はたまり、一日で進まなければならない距離も短くなかった。疲れた体にむち打ってとにかく進まなければならなかった。先にも述べたが、旅は、やはり時間から開放されなければ意味がない。ただ進むことが目的ならばなにも自転車で旅をする必要などない。地べたに這いつくばっていろいろな土地に出会いたいからこそ自転車という移動手段を選んだのに、結局「広島へ行く」ということが大きな目的になってしまっていた。


松山でやっと半日ほど歩き回れる時間を得た。その日はとても暖かく街歩きが心地よかった。俳人・正岡子規の出身地であり、夏目漱石の小説『坊ちゃん』の舞台でもある松山。温暖な気候と悠長な人柄でも知られている。街中には路面電車が走りどこかロマンを感じる。明治、大正に建てられた建築物を見て歩き、松山城も見学した。
松山城の案内板の前でどこから見てみようかと考えていると、ボランティアガイドのおじさんが話しかけてきて案内してくれることに。さすがガイドだけあって松山城についてかなり詳しいところまで教えていただけた。建築様式と歴史を中心に説明してもらったのだが、おもしろいことにその歴史上の経済状況や人の思想が松山城のところどころに反映されていたりする。


ただ通り過ぎながら見るのでなく、人と話、土地を学び、感性を研ぎ澄ませて旅をしたいと思った。出発前にもっと旅についてよく考え、目的をはっきりさせておくべきだった後悔している。むろん、めまぐるしい道中でたくさんの人や景色とも出会えた。今回は、この旅で得たような感動をもっと広げ深めていくための教訓を学べたことがなによりの収穫といえるだろう。

自転車×広島 一時停止


伊賀で、旅そのものが一時停止した。


本来なら一晩だけ友人宅に泊めてもらい翌日には出発するはずだった。しかしほとんどまる三日間、伊賀にとどまってしまった。理由は簡単、人と出会ってしまったからだ。


伊賀に来るまで、ほとんどひとりで走り続けてきた。この時まであまり旅をしているという気持ちになれなかった。ただペダルをこぎ、ぼーっと風景を眺めているという事実しか認識できなかったのだ。旅は、土地から土地へと渡っていくこと。その土地という空間は人の営みがつくり出しているのだと思う。だからこそ、旅では人と出会わなければいけない。人に出会うことが土地にふれることなのだ。


友人の生活の視点から伊賀という町を見ることができた。友人の暮らしやそれを取り巻く人々。これらが相互に混ざりあう空間にしばらく身をおき、人間同士が同じ空間(地域という)で生きていくにはやはり適度な距離感が大切なのだと感じた。伊賀は、東京の無縁社会や山村のしがらみのように偏りある距離でなく、人間と人間とが調度いい距離を保って関係しあっているように見えた。だからとても居心地がよく三日間も居座ってしまったようだ。しばらく生活のなかにいたからこそ、再び旅立たなければならないときにとても寂しさを感じた。また来たいと思える場所ができてよかった。

自転車×広島 疾走



はじめの三日間、とにかくつらかった。


雨に打たれながら越えた箱根峠。深夜、延々と進み続けた渥美半島の丘。寒さと闇に包まれ孤独の中にいた伊賀街道。どれも泣きたくなるような体験だった。


まず箱根峠。小田原に入ったあたりから雨が強くなった。箱根湯元の通りを抜け塔ノ沢までくると坂がかなり急になった。ペダルを踏む足に力が入る。体温が一気に上がり、雨具で包まれていた体には雨なのか汗なのか区別のつかない湿気がまとわりついた。不快極まりないうえ足も腰もどんどん重くなる。そんな状態が一時間ほど続いた。
下りにさしかかる。足の力が抜け自転車のスピードも加速していく。気温は1℃、体は雨でずぶぬれ。体温がみるみる奪われていく。二重にはめた手袋も雨にぬれれば意味もなく、氷のようにつめたい。凍傷にならないよう、こぶしをにぎってはひらきを繰り返し静岡へと下っていった。


渥美半島は、太平洋を眺めながら東西に長く横たわっている。そもそもこの日は走行距離を長く設定しすぎた。前日の箱根峠に比べればなだらかな道の続く静岡をだらだらと通り抜けた。浜名湖を渡ったころにはすでに日が暮れあたりは暗くなっていた。
コンビニで買ったピーナッツチョコレートを一気食べ尽くしエネルギーを蓄えてから渥美半島に突入した。外灯の少ない二車線道路の周りにはキャベツ畑がどこまでも広がっていた。高原のように空気は澄み、見上げた空の星がきれいだった。が、眠気や疲れ、寒さとの戦いはすぐにはじまった。一日中だらだらと自転車をこぎ続けた体は一回ペダルを踏むことさえ億劫なほどに疲れきっていた。冷気はウインドブレーカーを貫通し肌を冷やした。とにかく眠れる場所を、と探し国道から外れたところにあった道の駅の駐車場に寝袋を敷き、力尽きて横になった。


伊賀街道は山道そのものだった。伊勢市内の観光に時間を割きすぎてしまったせいか、伊賀街道にのって走り出すとすぐにあたりは闇に包まれた。国道のわりに交通量は少なくギアとチェーンのかみ合う音と、風で木々が揺れる音以外に何も聞こえない。外灯もなく月明かりとライトの明かりのみがわずかな視界をつくりだす。町はおろか集落や民家すら無い。ひと気が無いとは、このことなのだろう。視覚と聴覚に反応するものが減っただけで、自分が本当にそこにいるのか、夢を見ているだけなのかわからなくなった。
坂を上がりきると長い長いトンネルがあった。歩道はとても狭く少しでもバランスを崩せば車道に落ち自動車に轢かれかねず、気の抜けない状況だった。トンネルを抜けると下り坂がずっと続いた。久しぶりに集落を目にしたとき、伊賀街道に入ってはじめて安心できた。伊賀上野の町に近づくにつれ明かりは増えていった。人間のつくりだした環境から外れてしまうとこんなにも不安になってしまうのかと、自分の人間くささを実感した。


実をいうと、こんなにも頑張らずとも日程的には少し余裕があり、1日で進む距離をもっと短くしても旅そのものに差し支えなかったのだ。もっと臨機応変に対応するべきだったと反省している。一度自分で決めたことを変えたくないという頑固な癖が出てしまったのかもしれない。なんとしても今日中にここまで、とそのことしか考えていなかった。旅そのものは自分のことだからいいものの、普段の生活の中で、人との関わりの中でこの癖に捕らわれないよう気をつけなければとつくづく思う。目的だけを見ていると自分本位になるうえ自分を客観視できなくなってしまいそうだから。

自転車×広島 概要

自転車に乗って広島を目指した。

1日目  東京・用賀~静岡・富士
2日目  静岡・富士~愛知・渥美半島
3日目  愛知・渥美半島~三重・伊賀上野
4日目  伊賀上野
5日目  伊賀上野
6日目  伊賀上野~大阪・掟川
7日目  大阪・掟川~兵庫・淡路島
8日目  兵庫・淡路島~愛媛・伊予三島
9日目  愛媛・伊予三島~愛媛・松山
10日目 愛媛・松山~広島・土橋
11日目 広島・土橋~
12日目        ~埼玉・大宮

基本的に公園や道の駅で野宿、自炊。
伊勢湾、大阪湾、瀬戸内海ではフェリーに乗船。
広島からの帰りは夜行バス。