六ヶ所村の強い風で平行に飛び交う雨は、傘の下から直接ぼくの靴とズボンを打った。
本州の北端・下北半島の付け根に六ヶ所村はある。なだらかの丘陵地形で、北西から強い風がいつも吹いている。海とつながる淡水の沼や湿地がいくつも点在し、曲線の丘と相まって美しい景観を創り出す。新鮮な海の幸が周辺の漁港に上がり、小さな小川には鮭が遡上してくることもある。冬を運んでくる秋風を受け止めるように何十基もの風車が立ち並び、山や空とのコントラストが味わい深い絵になる。人間の目線から村を眺めると、とても美しい自然や風景が広がっている。
一方、六ヶ所村を上から見下ろすと、不自然なものが見える。白い大きな箱のような建物。原子燃料サイクル施設(原子燃料をもう一度使えるように加工する施設)だ。その他にも石油を備蓄するタンクが50基近く並ぶ石油備蓄基地もある。原子力、風力、石油。六ヶ所村は日本のエネルギー事情を集約したような地域のように見える。
「沖縄と同じ構図があるのかもしれない」と考え、ぼくはこの地を踏んだ。一泊二食4500円の安宿を三泊分予約し、着替えと折り畳み傘と少なくない現金を持って、新宿・スバルビルの前から発車する夜行バスに乗って青森へ向かった。青森から電車と路線バスを乗り継ぎ2時間。雨風吹き荒れる六ヶ所村にたどり着いたのだ。
原子力関連の施設がある、という程度の知識しか持たずに来てしまったため、まずは六ヶ所村の抱えるものの正体を探った。
「原子燃料サイクル施設」とは、日本の将来のエネルギーを考える上でかなり重要なものらしい。食べ物を腐らせずに保存するためにも、温かいお湯に浸かるためにも、ドラマやバラエティ番組や速報を見るためにも、髪の毛を乾かすためにも、室内を快適な温度に保つためにも、手では拾えない塵を集めるためにも、歩いたり走ったりせずに移動するためにも、ぼくらはエネルギーを使う。石油・石炭、風、水、地熱、バイオマス、原子力、これらから得られるエネルギーは電気という形に変わり人間の生活を支えている。
中でもエネルギー源としてその活用が現実的に期待されているものが原子力だ。石油・石炭などの化石燃料はそのほとんどを政情不安定な中東からの輸入に頼り、万が一のときに供給の保障を担保できない。さらに地球の未来を考えるとよくない。水力・風力などの自然エネルギーでは需要をまかないきれない上、気象によって発電量が左右される。となると、温室効果ガスも排出せず安定的の膨大な量のエネルギーを生み出せる原子力に期待が寄せられるのも自然な流れなのだろう。
しかし、原子力発電にも限りはある。発電に使われるウラン鉱石は、石油や石炭と同じように採掘可能な量が限られているからだ。ちなみにエネルギー資源の可採年数はそれぞれ石油約42年、石炭約122年、天然ガス約60年、ウラン約100年(資源エネルギー庁発行資料より引用)となっている。ウランが有限の資源ということはそれを使用する原子力発電も決して半永久的なエネルギー源にはならない。と、思えるのだが、このウランを飛躍的に、長期間の使用を可能にするシステムがある。
プルサーマル。
原子力発電所で使用した後の核燃料(使用済燃料)をから取り出したプルトニウムを、ウランと混合してMOX燃料(Mixed Oxide Fuel)に加工し、原子力発電所(軽水炉)で利用することを指す。プルトニウムをサーマルリアクター(軽水炉)で利用する、という意味でそれぞれの言葉の頭を取って呼ばれている。
通常のウラン燃料には燃えやすいウランが全体の3〜5%、燃えにくいウランが全体の95〜97%含まれ、この燃えやすいウランが核分裂を起こしエネルギーを生み出している。同時に、ウランの核分裂中にはプルトニウムが生成され、これ自体も核分裂するため、発電エネルギーの1/3はプルトニウムが生み出している。
発電所で使い終わったウラン燃料(使用済燃料)には、ウランを燃やすことで発生したプルトニウムと燃えにくいウランが残っている。これらのうちまだ使用できるプルトニウムやウランを取り出し、合わせ、加工し、ウランよりもプルトニウムの発電寄与割合が大きいMOX燃料が出来上がる。これを利用することでウラン燃料を繰り返し利用できるようになるため、プルサーマルは原子力の安定供給になると期待され、原子燃料サイクルの要となっているのだ。
六ヶ所村は、使用済燃料をMOX燃料に加工するための施設を持ち、原子燃料サイクルという将来の日本のエネルギーを担う事業を受け入れた場所なのだ。
しかし、原子燃料サイクルは六ヶ所村だけでは完結しない。発電とともに生み出される高レベル放射性廃棄物の最終処分場の受け入れ先が未だ決定していないからだ。使用済燃料を再処理しMOX燃料に加工すると、廃液というかたちで放射能をもつ廃棄物が発生する。これをガラスと合わせて、安定した個体に変え地中深くに埋めて処分しなくてはならない。この最終処分場をどこに作るのか、ということが課題となっている。現時点で、候補地として名乗りを上げている自治体は無い。
放射性物質の捨て場を提供する地域などあるのだろうか。たとえあったとしても、数百年という長い時間放射性廃棄物を抱えることになる地域には、風評や偏見といった負のイメージが付き纏う恐れもある。原子力を将来的に日本の主要なエネルギーと位置付けるのであれば、原子燃料サイクルの確立は重要な条件であり、そのためにも最終処分場をどこかに作らなくてはならない。
だれかの負担が、日本を支える。どこかのだれかが重荷を背負わなければならない。沖縄の基地問題にも見られた構図が、原子力発電にも映し出されている。
六ヶ所村にもこの構図が当てはめられると、はじめは思っていた。放射性物質を扱っている施設のすぐ近くで暮らすことに伴うリスクが、少なからず存在することは確かだからだ。
「そりゃあ不安はあるよ。でも、もう日本政府を信じるしかない」。お世話になった民宿の主人はあきらめにも似た言葉をこぼした。好意的ではないにせよ、‘‘再処理施設がある‘‘、という現実を受け入れた人の言葉だったの。
六ヶ所村と沖縄とは、状況が微妙に異なっているのかもしれない。誰かが負わなければならない負担がある。それが生活の中に存在することを「当たり前」と感じるか「なぜ私たちだけ」と怒るのか、両地域の住民の無意識な認識の違いが、二枚並べられた間違いさがしの絵のように、構図の微妙な差異を生み出しているのだろう。
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