2012年2月2日木曜日

再・遠野まごころネット

池袋駅西口7番バス乗り場の前だけ、すっかりいつも通りの生活に戻った東京の雰囲気と少し違う。

岩手県沿岸部方面へ向かう高速バスに乗って、再び遠野へ向かうことにした。

朝6時半、遠野駅前で下車すると粉っぽく乾いた雪が20cmばかり市街を覆っていた。気温は-11℃。くつに雪が入らないように注意しながら、移転した遠野まごころネットの拠点を探し歩いた。

プレハブになった拠点は、以前より活気が衰えたように感じたが、洗面所やトイレは屋内に設置され、宿泊棟も畳張りになり、ボランティアの生活環境は向上していた。

夏に会った人が数人残っていた。日常の合間の、ほんの少しの時間だけ、当事者としてではなく第三者として手伝いに来ているぼくと違い、復興の現場の、最前線に立ち続け、震災とその当事者と向き合い続けている人がいる。本当に頭がさがる。


ボランティアの人数は大幅に減っていた。夏には5、6以上台のバスで3ヶ所以上の現場に200人以上が入っていたが、今朝は2台のバスで50人ほどが1ヶ所に向かった。


行き先は釜石市箱崎町。


半年ぶりの箱崎町に、大きな変化はなかった。積雪でよくはっきりとは見えなかったが、まだ多くの流木、材木、コンクリート片、家具や小物が家屋跡地には残っているようだった。一方で、郵便局やきれいに掃除された民家などがぽつぽつと建っていた。途中で通り抜けた釜石市街の商店街にも新たな店舗がいくつも開業していた。目に見える復興は、少しずつ進んでいる。地元の人の内面まではわからないけど、表情はいくらか落ち着きを取り戻しているように見えた。


作業は雪かきだった。車を持たないお年寄りが多く住む箱崎町にとって、公共バスは外へとつながる数少ない線となっている。バス停に住民が安全に歩いていけるよう、道路の雪をかき退けていった。炎天下、熱中症に脅えながら汗だくになって水路の泥だしをしていた7月より、時間は難なく過ぎていった。


少し汗ばむ程度で済んだが、夜は風呂に行くことにした。遠野駅近くの、4人も浸かれば窮屈になる小さな湯船のある銭湯だ。地元の数人の常連さんが利用する程度の売上で、体力的にも辛くなってきたため、銭湯のおばちゃんは閉鎖を考えていたらしい。そんな折に地震が起きた。そしてボランティア専属と言えるほど毎日遠野まごころネットの人が浸かりにきているという。地域経済にボランティア効果も少しは貢献しているらしい。

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