2010年8月11日水曜日

実習




 3日間、山の中へ隔離されていた。実習のために。

 林業に使われている機械の操作手順を教えてもらったり、作業道(林道の一種。小型の林業機械が通れる程度の砂利道。木材を運び出すために、日本の林業では欠かせないもの)の設計に必要な地形データを測量したりした。初日はと中日を通して地形の測量を実践した。方位磁石と望遠鏡を合体させたような”コンパス”と呼ばれる機械を用いて、作業道を通す予定の径路をいくつかの点で区切り、その区切りごとの点にコンパスを置き、傾斜や距離を測っていった。
 ここで難しいと感じたのは、その「コンパスを定位置に置く」こと。急な斜面、狭い足場、ぬかるむ斜面。悪条件可でコンパスのついた三脚を立てることは困難だった。どの程度三脚を広げ、また狭めればコンパスを定位置に設置できるのか。この調整がなかなかうまくいかない。てこずるぼくを見かねた先生は、三脚を手に取ると数秒で設置した。

 正確な数値が求められる測量ではあるが、そこには慣れや経験といった感覚的な技術が必要だということを知った。あたり前のことだが、傾斜やぬかるみ、足場の範囲を掴む感覚は、それなりの経験を積まないと磨いていけるものではない。専門性のある仕事は、マニュアルを見ても簡単にまねできないものばかりなのだろうな。 

 実習を経験したからといって、実際に機械を扱えるようになったわけでもないし、しっかりとした測量技術が身についたわけでもない。実習はあくまで体験であって、訓練ではない。体験では、技術を身につけることは後回し。実際の作業の難しさやうまくできないもどかしさなどから垣間見れた、リアルな作業の感覚を、学びの土台にすることが大切なのだ。

 ぼくの足の裏に残った、斜面やぬかるみを踏んでいるときの感覚は、林業の本質を語る素材のひとつになったと思う。

目標

 「いい供養になりました。ありがとうございます」。


 炎天下の神宮球場。高校野球の熱戦に、義弟の遺影とともに声援を送っていた男性を取材した。原稿が紙面に載った翌日、記事を読んだその男性からお礼の電話をいただいた。私の記事を読んで、何かを感じた人がいた。新聞記者という仕事の魅力に触れた経験だった。
 
 自分が着目し、取材した事実を記事にして、読者に伝える。記者体験を通して、この過程がとても大切だということを実感した。
 
 「社会には、埋もれている事実がまだまだある」。社会部記者の言葉が印象に残っている。社会に埋もれた問題や人の声に耳を傾け、掘り起こし、人々に伝えていけるような記者を目指したい。この7日間で、新聞記者になりたいという漠然とした思いは、明確な目標へと変わった。